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もう、大丈夫。エレファントカシマシ30周年イヤー完走!!

エレファントカシマシ
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※この文章は2018年3月にロッキン・オン・ジャパンの「音楽文」に掲載されたものです。

30th ANNIVERSARY TOUR 「THE FIGHTING MAN」FINAL さいたまスーパーアリーナ

そう、オレは焦っていた。

今から一年程前の2017年4月。エレファントカシマシは30th ANNIVERSARY TOUR 「THE FIGHTING MAN」をスタートさせた。別にデビューの頃からファンでもねぇし「今宵の月のように」は聴いてはいたがコンサートに行く程でもなかった。30周年か…凄えな、と想ったくらいで。

デビュー後の客電付けっ放しの渋公。3000人限定の伝説の武道館。怒号が飛んでいたエピック時代の奴隷天国。メジャーから契約を切られ、初めて「悲しみの果て」を披露した下北沢シェルター…オレはどれも、どの時代も、タイムリーではない。音楽雑誌でライターや、ラジオでROCK好きの猛者達がこぞって「あの頃のエレカシは凄かった」という記事やコメントを見聴きする度に嫌気がさしていた。だって知らねぇんだもん。過去のエレカシに全く興味がなかった。今の話が聴きたかった。ファンはファンでもにわかファン。古くからのファンが俗に言う「新規」とでも何とでも言ってくれて良い。

大体、オレはエレファントカシマシから…というか、音楽自体から暫く離れていた。

大人になると色々な事がある。

00年代。宇多田ヒカルや浜崎あゆみがオリコンチャートに名を連ね、音楽配信が広がり始めた。ROCKバンドはCDセールスより、フェスやライヴ動員へと徐々に路線をシフトしていった頃。学生だったオレは、JAPANにお目当てのバンドが表紙を飾れば購入し隅から隅まで読んでいた。音楽を聴くより雑誌を読んでいたかもしれない。地元のライヴハウスに出演しては、やれ「ROCKだ‼︎」やれ「音楽だ‼︎」「音楽やってない奴は全員バカ」と言わんばかりに音をかき鳴らし、月に5.6本、精力的にライブ活動をしていた。

その頃のオレの音楽は、雑音と言われても仕方ない程のクオリティだった。アマチュアで、いつもライヴを観に来てくれるのは、音楽仲間や数少ないファン。お金なんてもちろん稼げない。親や友達には白い目で見られていた。でも、楽しくて、楽しくて、音楽に夢を見て、自分が生きてることを表現したい。ただそれだけだった。

そんなオレの青春は、自分が想っていたほど早く過ぎ去っていく事となる。仕事やプライベートで不幸ごとが重なり、頑張りすぎたオレは、気がついたら朝ベッドから起きられなくなっていた。20代中盤から寝たきりのポンコツの”生きる屍”と化したのだ。そりゃ、病気なんて誰だってなるし、誰だっていつかは死ぬ。

でも、何よりも辛かったのは音楽がほとんど聴けなくなった事だ。

音楽を受け入れられない。

大好きな音楽が出来なくなってからは、生きてることを表現できず、自分を見失い、音楽を聴くことが本当に苦痛で仕方なくなった。音楽を聴くと眩暈がして何を聴いても悔し涙を流していた。大好きだったROCKはレクイエムにさえ聴こえた。

恐らくその時、オレは一度死んだ。

気がついたら、音楽から離れて既に5年以上は経っていた。

季節は春。趣味で聴いていた「面白いラジオ」があった。芸人さんのトークや落語なんかは気負いせずに聴けて、結構好きだった。その、「面白いラジオ」は毎週バカな事ばかりリスナーが投稿してきて、それをパーソナリティーが面白可笑しく読むもんだから、元気のないオレでもその時間だけは腹を抱えて笑えた。何だかんだでそのバカらしさに元気を貰っていた。そんなラジオから流れた曲が、自分を生まれ変わらせてくれる日が来るとは想像もしていなかった。

桜の花、舞い上がる道を おまえと歩いて行く 

輝く時は今 遠回りしてた昨日を越えて 桜の花、舞い上がる道を

何だ…この感じは。最初はただの違和感…でも、聴けば聴く程、細胞に染み込んでいく…あの声。オレの耳に5年ぶりに届いた音楽は、エレファントカシマシの「桜の花、舞い上がる道を」だった。(後から知ったが、このラジオのパーソナリティーはエレファントカシマシの大ファンで、「珍奇男」をかけてくれたりもした。)

オレは死ぬほど嬉しかった。全身が奮い立ち気が付いたら「桜の花、舞い上がる道を」を聴きながら、ひとりベッドの上で拳を突き上げていた。オレにやっと…音楽が聴けたのか!?大好きだった…大好きだったROCKが…やっと聴けた。この日を境に、オレの耳に素晴らしい音楽が溢れ出した。

なぜエレファントカシマシだったのか…

オレはその理由が知りたくて、毎日エレファントカシマシを聴いた。身体が言う事を効くようになった頃から彼等のコンサートに何度も足を運ぶことなる。

印象に残ったエレファントカシマシのコンサート。

30th ANNIVERSARY TOUR 「THE FIGHTING MAN」前半戦。2017年5月、熊本県立劇場。

何かが起こりそうな気がする 毎日そんな気がしてる

ああうるせい人生さ そう今日も何かがきっとはじまってる

目の前にいたエレファントカシマシの宮本浩次は泣いていた。オレに音楽を取り戻してくれたヒーローは、「四月の風」を唄いながら泣いていたのだ。

オレは参戦したコンサートで初めて叫んだ。気が付いたら、大声で彼の名前を叫んでいた。彼は途中「ごめん」と呟いた。オレも何故か号泣していた。泣きたいのはこっちだ…ヒーローが泣くんじゃねぇ!謝るんじゃねぇ!どれだけオレが感謝したか、どれだけオレがこの素晴らしい命を削った曲とコンサートに感動したか…解ってねぇ…だから、きっと叫んだんだ。

エレファントカシマシの音楽がオレの耳に届いたのは、彼等の純粋なバンドや音楽に対する愛だったんだと想う。

さて…オレはその後、本当に解らなくなってしまった。

こんなに素晴らしい曲たちを作って、最高に格好良いコンサートをしているエレファントカシマシ。キャリアだって30年もある。なのに、何故チケットが完売してねぇんだと。翌々日の島根のコンサートでは2階席の後方は埋まってない状態。

ワケガワカラナイ。

これで伝わらなかったら、音楽をやる意味なんてあるのか?こんなに素晴らしいものが、万人に伝わらないなんて、日本はどうなってんだ。

そう、オレは焦っていた。

こりゃ、ひとりでも多くの人に聴いてほしいと。オレが生まれ変わったみたいに、絶対誰かの為の音楽に…ROCKに…エレファントカシマシの音楽がなるはずだと。多分、エヴリバディ、知らないだけ、知らないだけなんだと。だから、微力でも自分が出来る範囲で、SNS等でエレファントカシマシの “今” の素晴らしさを伝えることにした。

約二ヶ月後の…徳島・鳴門のコンサート。チケットはまだ完売しておらず、ひとつでも席を埋めないといけないと想い気を使って? (いや本当はただ見たいだけ)、オレはチケットを取っていた。でも、そんな心配は1ミリも不要だった。

コンサート当日、大ホールのドアを開けた瞬間、一番後ろまでビッシリと客が入っていた。オレはその光景を見てまた泣いてしまった。

伝わってる…

本当に良いものはやっぱり届くんだ。

その後、松山のコンサートで、宮本浩次が少しだけ…ほんの少しだけ、「風と共に」を歌っている時に、嬉しそうな楽しそうな顔をしていたことに気がついた。あんな顔をしている彼を見たのは始めてだったように想う。それを見てオレは「あ、もうこの人達は大丈夫だろうな」と想った。オレ自身が純粋に音楽を楽しんでかき鳴らしていた頃を想った。

エレファントカシマシのコンサート。気づけば前半戦、16公演連続でSold Outになり、「歴史」では手拍子が鳴り響き「ファイティングマン」では2階席、3階席の一番後ろまで拳の波が出来ていた。出待ちのファンは整列し、黄色い声が飛ぶ。過去のエレファントカシマシのコンサートの様に、宮本浩次に戦々恐々としたり、怒号を飛ばすファンも、バスドラを蹴りつけるメンバーも居なかった。客は心の底からエレファントカシマシの音を楽しんでいた。そしてエレファントカシマシも心の底から客を信頼し、仲間を信頼し、音楽を紡いでいた。後半戦は全会場Sold Out。終いには紅白歌合戦出場まで決めた。

…もう、大丈夫だ。

それが確信に変わり、紅白歌合戦初出場を見届け、2018年。オレはSNS等での普及活動を辞めた。必要無くなったからだ。

ツアー前半戦。あんなに「桜の何処がいいの?」なんてMCで言っていた宮本浩次が、2018年3月17日 30th ANNIVERSARY TOUR 「THE FIGHTING MAN」ファイナル。超満員のさいたまスーパーアリーナで、桜吹雪が舞う中、25周年の時よりも、昨年の大阪城ホールの時よりも、もっと力強く、そして幸せそうに花道で堂々とオレの大好きな 「桜の花、舞い上がる道を」を唄っていた。

あの、舞い上がる桜の花びらの一枚にオレ達は成れていただろうか。

過去のエレファントカシマシを、音楽雑誌でライターや、ラジオでROCK好きの猛者達がこぞって「あの頃のエレカシは凄かった」という記事やコメントを見聴きする度に嫌気がさしていた。

でも、きっとオレは数十年後、歳をった将来…シワの増えた貫禄ある顔で、若い奴らに「あの頃のエレカシは凄かった」とこの30周年イヤーの伝説を自慢気に話すだろう。「スピッツとミスチルとの夢の競演もみたんだぜ!?」なーんて、煙たがられても言ってしまうだろう。みんな「俺たちのエレカシ」について、話さずにはいられないんだよな。そんな話を見聴し嫉妬したオレのような”新規”で、”偉そう”で、”エレファントカシマシが大好き”になった奴が、きっと、その時のタイムリーな”今”のエレカシの素晴らしさを若い感性で伝えてくれると想う。

そうやって、ずっと未来に伝わっていく。

だって、素晴らしい音楽は永遠に色褪せないから。

オレは、「笑顔」をくれたラジオのパーソナリティーと、「音楽」を取り戻してくれたエレファントカシマシに感謝を示したい。

だから、これからも、

“遠回りしてた昨日を超えて”

「笑顔」で「音楽」と一緒に生きていく。

“俺たちの明日” へ。

それが、彼らに対する一番恩返しだと想うんだ。

最後はいつも勝手に呼んでいる呼び方で失礼します。

もう、大丈夫。

だって、今のエレカシ、本当にキラキラ輝いてるから。

それは、これからもずっと続いていく光なんですよね?

ミヤジ、石くん、成ちゃん、トミさん。貴方々に取り戻してもらった音楽。音楽が大好きだから、オレはきっと、色々なバンドや様々なアーティストのコンサートをこれからも見に行くと想う。

だけど…

「エレファントカシマシが

   世界で一番格好良いROCKバンド」

です。

それは、オレが死ぬまで変わりません。

長期にわたるツアー、30周年イヤー無事に完走‼︎

スタッフさんも、本当にお疲れ様でした!

40周年、50周年、60周年もまた一緒に、

エビバデとお祝いさせて下さい。

そうやって、ずっと一緒に同じ瞬間を生きていきたい。

素晴らしい音楽と夢を本当に有難う!

エレファントカシマシ!!

アンコール、「四月の風」って聴いて、絶対また泣くだろうなって想いました…やっぱり泣きましたね(笑)

これからもエビバデと一緒に泣いて、そして一緒に笑って下さい‼︎

Johnny

(感想はTwitterにお願いします)

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